新渡戸稲造『武士道』序論(1)
本の序論や前書きってあまり読まない事が多いと思います。ですが、事この『武士道』に関しては序論にとても大切な事が書いてありますので先ずそれを取り上げます。
主宰者は新渡戸稲造の『武士道』の第一版の序論をとても重要視しています。それは何故新渡戸稲造が『武士道』と言う、この世界中で愛読される書籍の執筆に着手したか、その理由が明確に著されているからです。
新渡戸稲造が『武士道』を著した最初のきっかけを作ったのはベルギーの法学家ド・ラブレーなる人物とのやり取りによる事が序論の中に登場します。ラブレー氏との散策の際、話題は宗教に及びます。皆さんも殆どの方がそうであると思うのですが、日本において宗教と生活の接点と言うのは(一部の熱心な信者の方や宗教関連の方々を除けば)冠婚葬祭に限られています。新渡戸稲造の時代が同じだったかは定かではありませんが、少なくとも教育の科目の中に宗教と言う科目はなかったようです。武士道の第一版の序論ではラブレー氏との会話が次のように書かれています。
「『あなたのお国の学校には宗教教育は無い、とおっしゃるのですか』とこの敬愛すべき教授が質問した。『ありません』とわたしが答えるや否や、彼は打ち驚いて突然歩を停め、『宗教無し!どうして道徳教育を授けるのですか』と繰り返し言ったその声を私は容易に忘れえない」
そして新渡戸稲造は恐らく自分の少年時代に思いを巡らし
「私の正邪善悪の観念を形成している各種の要素の分析を始めてから、これらの観念を私の鼻腔に吹き込んだものは武士道であることをようやく見いだしたのである」
と著しています。そしてラブレー氏なる人物と新渡戸稲造の妻(外国人だったと思われます)に日本の思想や風習がいかなる理由で行われているかの満足できる回答を与えようとした結果を纏めたのが、この世界的な名著となった『武士道』であると著されています。ご存知の通り、新渡戸稲造の『武士道』は最初英語版が出版され、逆輸入のような形で日本語に別の人物の手で翻訳されています。
つまり、この『武士道』と言う著作は「日本における(当時の)思想風習、道徳教育が宗教によらずどの様に行われているか」を世界に紹介する為に著されたと言うのが主宰者の解釈であり、間違ってもこの『武士道』が「日本人がよりどころとするべき唯一の道徳観念である」等と言うつもりで著したのではない事が解ります。勿論新渡戸稲造の『武士道』を読んで、
「これこそが自分が探し求めていた道徳観念だ」
と思われる方はそれを実践すれば良い訳ですし、
「こんな古くさい考え方はごめんだ」
と言う方は別に無理をしてこの著作の内容を実践する必要はない訳です。ただ、日本の道徳概念がどのような成り立ちになっているかを知る事は決して無駄ではないので、読んでおいて損は無い著作だと主宰者は思っています。
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Posted: 木 - 9月 29, 2005 at 05:17 午後