シギサワカヤ『九月病』第1話


「片時目を瞑る事も適わない…」

人間が生きて行けるのは「忘れる事が出来る」からだと言う話を昔聞いた事がある。しかし広志の心の呟きのように、本当に心のしこりとなって残り、どんなに良い事があってもいつでもついて回る記憶と言うのは確かにあって、そういう記憶が眠る前に克明に思い出されては「明日の朝になって気が違っていたらどんなに楽だろう」と思うのだが、結局の所そういう時ほど神様は人間を狂わせてくれない。第1話、第2話の区切りで混乱させた事をお詫びしたい。シギサワカヤ先生の『九月病』第1話『逃亡者は南へ』のレビューをお送りする。
夢に見る彼女の姿、そして会話。起きてみるとそれに代わるようによりそい眠る妹真鶴の姿。広志の日常はらせん階段のように同じ所をぐるぐると回るように繰り返される。広志は将来を嘱望される優秀な銀行員だが、もしかしたらそれさえも正気と狂気の中間を綱渡りするような日常の中で生きて行くにはそうする他は無かったのかもしれない。元々優しくお人よしの性格、優秀な仕事ぶりから行内でも広志は人気があるらしく、彼に思いを寄せる女性も少なくはないらしい。

「期待しなければ問題はない」

彼は第1話で彼に言い寄る女性を優しい言葉で拒絶する。彼女を「妹みたいな」と例えたのは何故だろうか。友人からの電話、謝りたいと伝えてくるかつての婚約者。

「もしかしたら俺が悪かった可能性だってある筈なのに…」

他人の悪い所よりも自分の悪い所を探すような人間では少なくとも現代は長生きできない。問題をすり替え、権力に媚び、人を傷つけてもなんとも思わない様な人間ほど長生きする。「憎まれっ子世に憚る」とは良く言ったもの。恐らく広志が再会するであろうかつての婚約者との接触が彼を狂気に導かなければよいが…。

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Posted: 水 - 8月 10, 2005 at 12:21 午後